泉西部地区は歴史を感じることができるところ 隣の顔が見える安心感も魅力 ー戸内 和信さんー

住む

今回お話を伺ったのは川向地区に移住された戸内 和信さん。自然が多く残っていて、隣の顔が見えやすい・地域の横の繋がりがある地域性が魅力的だったそうです。

戸内さんが住んでいらっしゃるのは、どんな地域ですか?

住んでいるエリアは川向地区です。最近新しく「根白石橋」が建って、その橋を渡り八幡神社がほど近い所に住んでいます。この地区全体、山と自然と田んぼが多いとても良い地域です。

この地区の一番の特徴として隣の人の顔がよく見える地域だと思います。例えば、他の地域だと知らないおじさんに挨拶すると親は良くないよという感じになりますが、この地区はそれを感じさせない開放的な感じだったのが魅力的だと思います。

泉西部地区に住もうと思ったきっかけは何だったんですか?

5年ほど前に泉区内で家探しを始めた中で、先ほど地域の特徴としてあげたような隣の顔が見えやすい・地域の横の繋がりが残っているような所に住みたいと思ったのが一つです。

それと、あまり都市化されたところより、郊外、里山のような自然が多く残っている地域に住みたいと考えた時、根白石をたまたま通った際にここが良いんじゃないかとなりました。

あとエピソード的な話ですが、家探しの際に地元住民に声を掛けられました(笑)。その時に根白石の良い所などを色々説明してくれて地域愛をすごく感じるきっかけがありました。自分の中ではそのエピソードが半分くらい占めていると思います。

住むにあたって一番は全く知らない地域だと不安や怖さ等があると思いますが、そこで知り合いがいればその不安も和らぐと思います。ただ自分の場合、根白石に知り合いがいなかったので、その中で声を掛けられたエピソードが大きかったです。

他にも、実際に住んで現在までの地域でのエピソードなどはありますか?

現在、KAMURIコミュニティプロジェクトという団体に所属しています。

昨年10月に開催したIZUMIコメフェスですが、 あれだけ地域が一体となったイベント。引っ越しとともにコロナになり、ほぼイベントに参加したことがなくて、 地域にある夏まつり等に一回も出たことがなく、聞いたことはある程度でした。そんな中で地域であいうイベントをやったのが初めてでしたし、やりながら参加もできたイベントだったと思います。そのIZUMIコメフェスに参加出来たのが大きかったと思います。

また、いろんな方といろんな形で繋がることも 出来ました。その中で今まで知らなかった方々と知り合いになれました。更にいろんな人の顔が見えたイベントだったと思います。

そして出店された方からも「もう1回、来年も!」と嬉しい感想も沢山頂けて、地域とつながりをすごく感じたイベントでした。

あとは、引っ越して間もないころにPTA会長をやってくださいと言われたのが印象的でした(笑)。

では、そんな泉西部地区で魅力的だなと思うことを教えてください

「根白石といえば、これ!」といってあげない人がいないのではないかなというところがひとつ、やっぱり満興寺の七不思議でしょうか(笑)。(隣に満興寺 副住職 時さんが座ってらっしゃいました)

もともと歴史が好きだったっていうのもあったんで、伊達政宗公のおばあちゃんのお墓がある八幡神社も見どころだなと。

一方で、満興寺も実際に伊達政宗公が泊まられたりとか、歴史っていうところを紐とくにあたってたぶん色んなことがあそこの中に詰まってるんだろうなと。

そういったものを感じるのと、自分のなかでお寺としてのイメージが変わったのが、お寺って人が亡くなった時とか行っていけないのかなとか自分の中で壁があったんですよ。あまり行くものではないのかなと。

でもやっぱりそうではなく、歴史的にみても寺子屋などで地域の人が集まるところで、満興寺にはそういったものが残っているなぁと感じました。何か用事はないんだけど行く、みたいな。ここは一つ知ってもらいたいなあと思っています。あとは八幡神社もおススメです。

ありがとうございます。では、今後の夢ややりたいことがあれば教えてください。

この地域と諸外国を繋げて何か交流出来るきっかけを作りたいです。海外実習生を受け入れるとか色んな形があると思いますが、それ以上に観光で訪れるとか魅力的な街を作って国内外、「外」の部分で海 外と何か接点を持てるきっかけをここで作っていけたら面白いと思っています。

それだけ根白石には色ん なコンテンツ・アセット(資源)がある気がしています。そこは今やりたいことです。

例えば今、海外との接点で具体的に思いつくものってあったりしますか?

コンテンツでいくと、彼らが一番興味を持ってもらえるんだとすると、沿岸部でよくやっているような防災ツアーみたいなものの中で、防災っていう中でも沿岸部では津波が起きそこから学ぶものは沢山あると思いますが、この地域では防災っていう観点で見ると震災が起きた時に自給自足が成り立つ地域だったのではないかと思っています。

それが実際に起きていたというところで、防災っていう意味でのスモールコミュニティのあり方として外国人にも学んで欲しいというのがひとつと、隠れた魅力が沢山あり、山・川・歴史も含めて、そういった所を上手くPRしていけば、海外の方にとっても魅力的なコンテンツ、ポテンシャルはすごくあるんだろうなと思っています。

あとは農業ですね。やっぱりこの3つが、彼らとの接点を作れるんじゃないかなあと思います。

仙台に戻ってくるタイミングで泉区にこだわった理由を教えてください。

一つは妻が泉区が好きだったことです。その他に、他地区(秋保等)と比べた中で引っ越すタイミングで秋保地区とかはもう観光要素などがあって、盛り上がっていくんだろうなという雰囲気があって。

そういうところよりは、失礼な言い方だけど「これから何か起きるんじゃないか」みたいなところのほうが自分としてはまず好みだったというのがあります。

あとはさっきも言った正宗公の歴史があって全然縁があるとかそういうわけではないんですけど、それも良かったです。あと、交通の便っていう点で見ても、市中心部に車で行くにもそんなに遠いわけでもない、問題ないなっていうのもひとつのポイントでした。

最後は「子供の教育」ですね。市内で唯一校舎が木造ですし、生徒に対して先生の数が多い学習スタイルで、生徒20数名に対して、先生が2~3名ついてくれる。あまり見られない環境だと思いました。この中で先生たちに見えないことはないんじゃないかという安心感がありました。


地域の資源について改めて考えるきっかけになりました。また、このエリアを居住地の候補と考えている方にとってもとても参考になるお話だったと思います。

戸内さん、インタビューに応じていただきありがとうございました。

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