はじめに

これまで、KAMURI コミュニティプロジェクトが動き始めた頃の泉西部や、地域のお米を使った「IZUMIGATAKE YEEL」の誕生、第1回IZUMI!コメフェスの開催までを振り返ってきました。
しかし、KAMURIの活動は、コメフェスなどのイベントを開催する日だけにあるわけではありません。
地域の人のもとを訪ねたり、地域の集まりで顔を合わせたり、そこで交わした何気ない会話から新しいアイデアが生まれたり。そうした普段のやり取りも、活動を続ける中で積み重ねられてきました。
今回はイベントそのものから少し離れて、KAMURIが地域の人たちと普段どのように関わり、その関係が活動とともにどう変わっていったのか、時さんに振り返っていただきます。
地域の人に会いに行く
KAMURIとして活動を始めてから、地域の人たちとはどのような場所で話をしてきたのでしょうか。
時さんの話を聞くと、特別な「活動の場」だけではなく、家や店、お寺、地域の集まりなど、さまざまな場所に接点があったことが分かります。
地域の方とお話しする機会は、さまざまな場所にありました。その方のご自宅に伺ってお話を聞くこともあれば、その方が経営しているお店に伺ったり、お寺の役員会やさまざまなイベント、地域の集まりなどでお会いした際にお話ししたりすることも多かったです。
基本的には私の方からアポを取って伺うことが多かったです。ただ、その方が経営しているお店の場合などは、アポなしで伺って、ご本人がいなければ「お伝えください」と伝言をお願いするような形でやることもありました。
活動を始めたことで、それまで接点の少なかった人たちと話す機会も増えていきました。
私はお坊さんをやっているのですが、他のお寺の行事などに行った際に、KAMURIの活動でお世話になっている農家さんたちとお会いすることも多くなりました。そこでさまざまな方と挨拶をしながら、いろいろな話をする機会がかなり増えてきました。
これまでは他のお寺の檀家さんとお話しする機会はほとんどなかったので、私にとってもすごく良い時間になっています。
何気ない会話から、次の活動が生まれる
地域の人たちとの会話は、顔を合わせて話すだけで終わるものでもありませんでした。
その中から出てきた意見やアイデアが、実際のコメフェスや新しい企画に取り入れられることもあります。
例えばコメフェスでいうと、第1回のご飯のお振る舞いの際に「経木を使ってご飯を配布したらどうか?」というアイデアは、日常の会話の中から生まれました。
そのほかにも、ボランティアスタッフの動きや当日のコメフェスの会場レイアウト、チラシに記載する内容など、基本的にはいろいろな人から話を聞いて、新しく取り入れられることや改善できることがあれば、できる限り動くことを心がけています。
多くの方からさまざまな意見を聞いた上で、それをメンバーに持ち帰って、みんなで話し合いながら一緒に考えています。
コメフェス以外の企画が、地域の人からの一言をきっかけに始まったこともありました。
以前、2月の節分の時期に行った「大豆の豆つかみ大会」も、地域の農家さんから「地元の大豆を使った企画を考えてほしい」と言われたことがきっかけでした。そこからメンバーみんなでアイデアを出して生まれた企画です。
話を聞き、KAMURIのメンバーに持ち帰り、そこからまたみんなで考える。普段のやり取りと実際の活動は、こうした形でもつながっています。
「難しい」と言われたら、潔く引っ込める
地域の人との関係を続けていく上で、時さんたちが気をつけていることもあります。
それは、協力してもらうことを当然だと考えないことでした。
協力してくださっている皆さんは、それぞれ自分の生活がある中で、私たちの活動に協力してくださっています。
ですので、協力してくださる方々の生活の邪魔をしないということは、できる限り心がけています。
例えば、無理を言ったお願いはしない。できる限りアポを取ってから伺う。私たちから何か提案して「難しい」と言われたら、潔く引っ込める。
基本的なこと、当たり前のことではありますが、それでもそこはとても大事にしています。
そして、もう一つ大切にしてきたのが、活動する側も含めて楽しめることです。
コメフェスに限らず、私たちのイベントは基本的に「やる側も楽しくやりたい」という思いの中で動いています。
スタッフとして、ボランティアとして、出店者として、来場者として、関わってくださるすべての方々が、できる限り楽しく、そして笑顔でいられるようにすることをモットーに、これまでも活動してきましたし、これからもそうしていきたいと思っています。
「コメフェスではどうやってるの?」と聞かれるように
こうした活動を続ける中で、周囲からの反応にも変化が表れてきました。
その一つが、KAMURIの活動について、地域の人から尋ねられる機会が増えたことです。
KAMURIの活動に直接関わっていない方でも、「コメフェス」と言うと「あぁ!」と分かってくださる方が増えました。コメフェスの知名度が上がるとともに、私自身の顔や名前もいろいろな方に知っていただけるようになったんだなと感じています。
他のイベントなどの会議の場でも、「コメフェスではどうやってるの?」と聞かれることが多くなりました。
さらに、地域の会議などに呼ばれる時の立場にも変化があったといいます。
一番感じるのは、地域の集まりなどで「若者代表」のような立場で呼ばれることが多くなったことです。
別に私たちが「若者代表」として活動しているわけではないのですが(笑)、若い世代の中で目立つ活動をしている団体ということもあり、いろいろな地域の会議などでお声掛けをいただくことが多くなりました。
KAMURI自身が「若者代表」を掲げているわけではありません。それでも活動を続ける中で、地域のさまざまな場から声をかけられる機会が増えていきました。
KAMURIの後に生まれた新しい動き
変化は、KAMURIに声がかかるようになったことだけではありません。
時さんは、KAMURIの活動開始後、地域の若い人たちによる新しい団体が立ち上がってきたことにも触れています。
私たちが地域の若い人たちを集めて独立した団体を作ったことで、「こういう活動は自分たちでもできるんだ」と地域の方々に思ってもらえた部分もあったようで、KAMURIの後にも若い人たちの団体がいくつか立ち上がっています。
そういった意味でも、私たちが活動してきたことは良かったのかなと思っています。
また、そうして新しくできた団体がKAMURIを頼ってくれることもあります。同世代の若者として、そして子どもの親という立場として、お互いに協力しながらこの地域を一緒に盛り上げていけていることは、すごく良いことだと思っています。
KAMURIが活動するだけではなく、新しく生まれた団体と協力する関係もできています。
知らないところでも活動の話が広がっていた
活動がどこまで知られているのかは、自分たちではなかなか分からないものです。
時さんには最近、思いがけないところからその広がりを知る出来事がありました。
つい昨日、ご供養などでお会いする遠方に住まわれている方から、「お寺でヨガとかやってるんでしょ?」と言われました(笑)。
ちなみに、このお寺ヨガもKAMURIの活動の一環として行っているものです。
その方曰く、周りの人たちが「お寺でヨガをやっている」という話をしていて、よくよく聞いてみたら、それが自分の菩提寺だったので驚いたそうです。
私もその話を聞いて驚きました(笑)。
地域の中だけではなく、地域の外でも私たちの活動について話をしてくださっている方がいることに、何とも不思議な感覚になりました。
コメフェスでも、自分たちが直接声をかけた人だけではない広がりが生まれています。
コメフェスにもファンがいるようで、東京から毎年来てくださっている方がいたり、告知のチラシをさまざまなところで配るのを手伝ってくださる方がいたりと、自分たちが想像していた以上に活動が広がっていることに驚いています。
「これからも続けてね」
活動を続ける中で、時さんが地域の人たちから繰り返し掛けられるようになった言葉があります。
お会いする方々からよく言っていただくのが、
「これからも頑張ってね!」
「これからもコメフェス続けてね!」
という言葉です。
この言葉は大変嬉しい反面、「これからも続けなきゃ」というプレッシャーも若干あります(笑)。
ただ、無理をして続けるのではなく、私たちKAMURIのメンバーみんなができる範囲の中で、これからも活動を継続していきたいと思っています。
地域の人のもとへ足を運ぶことから始まり、そこで交わされた会話が企画になり、活動を続ける中で今度はKAMURIが相談される側になることも増えてきました。
大きなイベントの日だけではなく、その間にある日常のやり取り。その積み重ねもまた、現在のKAMURI コミュニティプロジェクトの活動につながっています。






