第2回では、地域の人やお店との出会いを通して、コメフェスの土台が少しずつ形になっていく様子を振り返りました。

その中で生まれたアイデアのひとつが、地域のお米を使ったオリジナルビールです。
現在ではコメフェスを象徴する存在となっている「IZUMIGATAKE YEEL」ですが、その誕生までにはさまざまな出来事がありました。
今回は、米ビール誕生までの道のりを時さんに振り返っていただきます。

「お米でビールを作ろう」
米ビールのアイデアは、KAMURIコミュニティプロジェクトが立ち上がったばかりの頃に生まれました。
地域のお米を活かした企画を考える中で出てきたのが、「お米を使ったクラフトビール」という発想でした。
最初に米ビールの話が出たのは、前回の記事の通り、私がふと思ったことを口走った次の日にゆかさんが企画書を持ってきたとき。その時に米ビールの話がありました。
ゆかさんはビールが好きなので、お米を副原料にしたビールの存在をもともと知っておりました。私は知らなかったので、お米でビールができるんだと思ってました。
ところがビールの醸造の工程の中で副原料としてお米を入れるというもので驚きました。最初のゆかさんの情報だと、仙南クラフトというところで、ふるさと納税の返礼品でお米のビールをお渡ししているという話でした。
その時のお米の品種が、『伊達正夢』と『ササニシキ』でした。私たちの地域で作っているお米は『ひとめぼれ』が大半なので、もしかしたら製造過程など少し違うところもあるかもしれないが作れるかもしれないとゆかさんが当時言っていました。
地域のお米を使ったビールを作るというのはすごく面白そうだったのでいいですね!と話をし、そこから具体的に話を進めていくことになりました。

一度は白紙になったビール計画
ビールづくりを進めるため、まずは醸造所探しが始まりました。
ところが、ようやく話がまとまりかけたところで思わぬ出来事が起こります。
まず最初に醸造所を探すところから始めました。
ゆかさんの繋がりから仙台市内で醸造しているところがありまして、そこの醸造長の方とお話をしたところ面白そうだと言っていただき快諾いただきました。
しかし、その醸造所の親会社が変わるという話が出てきて、会社自体の体制が変わりと委託で醸造することが難しくなってしまいました。
また、その醸造長もその醸造所から辞めるとのことでしたので、一旦米ビールの話が白紙になってしまいました。そこで新たに米ビールを次に作っていただけそうなところを探していたところ、先程のやめると言っていた醸造長の方が今のイシノマキホップワークスさんを紹介してくれました。
石巻ホップワークスの醸造長は先ほど申し上げた仙南クラフトのお米ビールを作った方でした。
ですので、その方にお願いすれば間違いないと推薦もいただき、早速挨拶をしに行き話をしたところ快諾いただきました。
『ひとめぼれという品種は粘り気があり、作る工程でちょっと工夫がいるが、たぶんできるでしょう』というお話でした。それでお米ビール自体の製造が可能となり、その流れで実際に作ってみようということになりました。

名前とラベルに込めた地域への想い
ビールづくりが動き始めると、今度は名前やラベルづくりも始まりました。
地域のお米を使うだけでなく、地域の人たちと一緒に作ることも大切にしたかったといいます。
作ることが決まったものの、今度はビールの名前、そしてラベルが必要になりました。
ビールの名前は米ビールの言い出しっぺのゆかさんにお願いをしました。そして、様々なアイデアから「IZUMIGATAKE YEEL」の名前が決まりました。
ネーミングの意味として、
①地元の西部地域を代表する山「泉ヶ岳」を入れた
②誰が見ても西部地域のものであるということがわかる
③この地域泉ヶ岳も含めたこの地域をエール、応援するという意味
④そしてビールの品種である「ALE(エール)」を合わせて、ネーミングができあがりました。
次にラベルをどうするかという話になり、どうせだったら地元の人に書いてもらって、地元のお米、地元のデザイナー、そして私たち地元の団体で作り上げるというコンセプトでやりたいねとなりました。
そこから誰か地元の画家やデザイナーがいないかと探したところ、根白石地域にいらっしゃる方の名前が候補で出てきました。そこでその方のお母さん伝いでラベルを書いていただけないかと話をし、満興寺に来ていただいた際にアイデアと想いを伝えたところ、ラベルの作成を快諾いただきました。
その後、ラベルの絵が出来上がりまして、ビールのネーミングの文字のフォントも新しく作っていただき、「IZUMIGATAKE YEEL」という完全オリジナルの米ビールが段々と形になっていきました。
当初このビールは瓶で作っており、書いていただいた絵は瓶に合う色合いで描いてくれたそうで、『泉ヶ岳』、そして『私たちの地域の田園風景』が一目ですぐにわかる絵をいただき大変感動しました。
自分たちの手で仕込んだビール
2022年9月末、メンバーは石巻へ向かいます。
そこで体験したのは、自分たちの手でビールを仕込むという初めての経験でした。
次に9月の終わり頃にメンバーで石巻を訪れ、この米ビールの作る過程を一緒に行ってきました。
自分たちでビール専用の釜の中にお米を入れ、苦味の成分であるホップもご好意で計らせていただき、はじめての経験ながらとても楽しく嬉しさと満足感で気持ちがいっぱいでした。
発酵する前の一番搾り(アルコールがまだない状態の液体)を試飲させていただいた時には、『すごい!このビール、自分たちが手がけたの!?』と思わず驚くほどしっかりとビールの味がしていました。
苦味とお米の甘さを感じるものが自分の目の前に存在しており、『本当に作っちゃったよ!』と夢の中にいる感じでした。

「本当にできたんだ」
仕込みからしばらくして、ついに完成したビールが手元へ届きます。
時さんが今でも鮮明に覚えているのは、その瞬間だったそうです。
その液体が発酵の過程を経て、瓶に入れられ、ラベルが貼られた状態で私のところに届いたときには『本当にできたんだ。夢じゃなかったんだ!』と本当にに嬉しかった気持ちを昨日のことのように覚えています。
届いたあとにメンバーのグループLINEにすぐに送り、みんな感動していました。
このビールをコメフェスのイベントで販売をし、後日飲んだ方からたくさんの好意的な意見をいただき、作って良かったねとメンバーみんなで喜んでいました。
完成したビールが届くまでには、もうひとつの準備も進んでいました。
それは、このビールを取り扱ってくれるお店探しです。
完成する前に、このビールをいろいろな販売店や知り合いの居酒屋などで取り扱ってもらえるようお願いをしに行きました。
まだ出来上がっていないビールを説明してもうまく伝わらなかったり、価格の部分で理解を得られなかったりと苦労もありましたが、何店舗かで置いていただけることになりました。
そして実際に販売され、提供されている様子を見ることができた時は本当に嬉しかったです。

コメフェスの軸になった一杯
この時は、まさか毎年ビールを仕込むことになるとは思っていなかったそうです。
しかし、IZUMIGATAKE YEELはその後コメフェスを象徴する存在のひとつになっていきます。
この企画が毎年続くとはその時は思ってもいませんでしたが、現在はこの米ビールがコメフェスの軸となり、地域としての地場産品の1つとなった事は大変誇りを持っています。
コメフェスは今年で5回目の開催を予定しており、ビールもまた作ることになっております。この5年の年月の中で、ビールの容器が瓶から缶に変わりましたが、味は変わらず、ビールの仕込みも毎年KAMURIコミュニティプロジェクトのメンバーで行き、みんなで仕込みをしています。
ビールを仕込んでいる時間はある程度の作業が終わると次の作業まで1、2時間ほど待つのですが、その間はメンバーでずっとコメフェスの打ち合わせをしています。
このビールは本当にメンバー1人1人の想い、地域への想いがすごく詰まっているビールになってます。

おわりに
地域のお米を使ったオリジナルビール。
それは単なる商品開発ではなく、人との出会いや地域への想いが形になった取り組みでもありました。
次回は、いよいよ初開催となった「第1回IZUMI!コメフェス」当日の様子を振り返ります。

